➖キリスト教の葬儀と信仰➖                        神に捧げる礼拝として、希望をもってお見送りする。それがキリスト教葬儀です。

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「主は与え、主は取られる」

「私は裸で母の胎から出て來た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」

ヨブ記 1章 21節

大切な方が召されたとき、私たちの心には深い悲しみと寂しさが訪れます。共に過ごした日々がどれほど尊く、かけがえのない神様からの恵みであったかを、あらためて思わされる時でもあります。

ヨブは、耐え難い苦しみのただ中で、「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」と告白しました。この御言葉は、悲しみがないことを語るものではありません。

また、悲しみを無理に抑え込むよう求めるものでもありません。

むしろ、私たちの命も、日々も、出会いも、神様から与えられた恵みであることを覚え、深い悲しみの中でも神様を見上げる信仰の告白です。

葬儀は神に捧げる礼拝です

キリスト教の葬儀は、愛する方の人生を偲び、ご家族・ご親族・教会の皆様が別れを惜しむ大切な時です。

同時に、葬儀は神様に礼拝を捧げる時でもあります。

私たちは、愛する方を召してくださった主を見上げ、その方に与えられた生涯と、共に過ごすことができた日々に感謝を捧げます。

そして、イエス・キリストの救いを信じる者に約束された永遠のいのちと、やがて主の御前で再会できる希望を覚えます。

悲しみの中にあっても、讃美し、祈り、聖書の御言葉に耳を傾けるとき、神様は遺された方々の心に慰めと平安を与えてくださいます。

召された方が遺してくださる信仰

クリスチャンのご葬儀は、愛する方の歩みを通して示された信仰を、ご家族や参列者があらためて受け取る機会にもなります。愛する方が大切にしてこられた聖書の御言葉、日々の祈り、教会での交わり、周囲の方へ注がれた愛。

その一つひとつには、主を信じて歩まれた人生の証しが表れています。

また、教会に足を運ぶ機会の少なかったご親族やご友人にとっても、葬儀で聞く讃美や聖書朗読、牧師のメッセージは、福音に触れる大切な機会となります。

ご葬儀は、召された方から遺されたご家族・ご親族・ご友人へ贈られる「最後のプレゼント」ともいえるでしょう。   愛する方の信仰の証しを通して、キリストの愛と永遠の希望が心に届けられることを、私たちは祈ります。

悲しみの中で、ともに祈りながら

ご家族にとって、ご葬儀の準備は戸惑いや不安の多い時間です。どのような式にすればよいのか、教会との連携はどうすればよいのか、何を準備すればよいのかなど、分からないことも少なくありません。

私たちは、事前のご相談においても、ともに神様に祈り、不安な点を一つずつ整理しながら、神様からの平安の中で備えを進めていただけることを願っています。ご自宅や教会など、ご都合に合わせた訪問相談も承ります。

御国の希望を胸に

地上での別れは、決して軽いものではありません。しかし、キリストを信じる者には、死で終わらない希望が与えられています。愛する方は、地上での歩みを終え、主の御もとに居られると信じます。

そのことを覚えながら、私たちは悲しみの中でも神様に礼拝を捧げ、召された方の信仰の歩みと、遺してくださった愛に感謝します。

グレースセレモニーは、クリスチャンスタッフがご家族のお気持ちを丁寧に伺い、牧師先生や教会とも必要に応じて連携しながら、ご葬儀をお手伝いします。

私たちは、ご家族が愛する方を心から偲び、神様の慰めと平安に支えられてお見送りできるよう、真心を込めてお仕えします。大切な方の信仰の証しと、御国の希望を次の世代へつなぐご葬儀を、ともに整えてまいります。

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