➖キリスト教の葬儀と信仰➖                        「信仰を持って最後まで走り通すために必要なこと」

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信仰を持って最後まで走り通すために必要なこと

前回のブログ以来、祈りつつ思い巡らせている事があります。


天の御国に迎え入れられるまで、信仰を保ちつつ地上の歩みを走り通すために、私たちに必要なものは何でしょうか。
旧約聖書には、神に従って大きな繁栄と祝福を受けた王たちが、途中から神に背き、罪を犯し、最後には滅びに至る姿が数多く記されています。最初の王サウル、豊かな知恵を与えられたソロモン、そしてアサ王などがその代表です。こうした記録は繰り返し登場し、人の弱さを浮き彫りにしています。

旧約聖書は「他人事」ではない

しかし、これらの出来事を単なる歴史や物語として読んではならないと聖書は教えています。


テモテへの手紙第二3章16節
「聖書(旧約聖書)はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」


旧約聖書に記された王たちの姿は、私たちに対する教えであり、戒めであり、矯正と義の訓練そのものです。どのようにすれば信仰を保ち続けられるのかを、そこから学ぶ必要があります。

信仰が崩れるときの共通点

多くの場合、人は神から与えられた繁栄や成功を自分の手柄と勘違いしてしまいます。そして次第に神に頼らなくなり、自分の考えや方法に頼り始めるとき、信仰は少しずつずれていきます。やがて神に背き、最終的には自らを滅ぼす結果へと進んでしまうのです。
「自分には関係ない」と思うかもしれません。しかし、これは王だけの問題ではなく、私たちの日常にも起こり得ることです。気づかないうちに、自分の力や価値観を中心に歩み始め、神を人生の外に押し出してしまう危険が常にあります。

恵みを正しく理解することの重要性

では、どうすれば信仰を保ち続けることができるのでしょうか。
それは「恵み」を正しく理解することです。恵みとは、本来資格も価値もない私たちに注がれる神の愛です。今与えられているすべてが、神の愛と憐れみによるものだと心から受け止めるとき、私たちはへりくだり、神に感謝し、栄光をお返しすることができます。
その立ち位置に立ち続ける限り、信仰が大きく崩れることは無いはずです。しかし、私たちは弱く、すぐにこの恵みから外れてしまいやすい存在でもあります。

教会の交わりと聖霊を求める祈りが信仰を支える

だからこそ、次の御言葉に励まされます。


使徒の働き2章42節
「そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。」


私たちは一人では弱い存在です。共に集まり、互いに励まし合い、勧め合い、仕え合い、祈り合う中で、聖霊に助けられて、信仰は守られていきます。そして日々、恵みを受け取り、神に心からの感謝をささげる者でありたいと願います。

今日一日、キリストに目を留めて歩む

最後まで信仰を持って走り通せるのか、不安になることもあります。しかし、大切なのは「今日」という一日です。今日、キリストに目を留めて従うこと。聖霊を求め続けること、その積み重ねが、やがて天の御国へと続いて行くのではないでしょうか。
私たちは、いつの日か神に迎え入れられることを信じて、与えられた一日一日を歩んでいきたいと思わされています。

へブル人への手紙3章13~14節

「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私たちは、キリストにあずかる者となるのです。

👉前回のブログ➖キリスト教の葬儀と信仰➖ 「誰が天国に迎え入れられるのか」

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