ご依頼者様の声|故 大竹 堅固 様ご長男様より(千葉県市川市)
父・大竹堅固の召天に寄せて ━「信仰と祈りに導かれた父の生涯」━
祖父から父へ受け継がれた信仰と教会建設の夢
私の家は、祖父の代から四代続くクリスチャン家庭です。祖父は「いつの日か、信徒による信徒のための教会をこの市川の地に建てたい」という夢を持ち、祈り続けました。慎ましい生活で蓄えた資金で土地を用意し、その夢を胸に召されました。
父はその夢を「神が必ず実現してくださる」と強く信じ、誰もが難しいと思っていた会堂の建設を果たしました。特定の牧師を持たず、さまざまな教会の牧師を招いて礼拝を行う、まさに「信徒による信徒のための教会」の建設、そして三十年にわたる教会運営も神に用いられて続けてこられました。壮大な夢を描いた祖父、その夢を信念と信仰で実現した父の姿は、私にとって生涯の誇りです。


神と共に歩んだ父の最期
父の好きな聖句は、創世記5章24節「エノクは神と共に歩み、神が彼を取られたので、彼はいなくなった」でした。2025年の初め、まさかその年のうちに父が天に召されるとは思ってもいませんでした。春に間質性肺炎を発症し、夏には誤嚥性肺炎を繰り返し、嚥下食の生活となりました。9月には心臓発作で救急搬送され、軽度の認知症も現れましたが、痛みを訴えることもなく、亡くなる前日まで普通に会話ができるほどでした。
「大感謝‼ 神様が与えてくれた私の全生涯は感謝しかない。みんな!天国に先に行って待っているよ!」という言葉を残し、10月23日早朝、静かに天に召されました。その生涯はまさにエノクのように、神と共に歩み、神の御手に導かれて終えたのだと思います。
葬儀で分かち合う希望と慰め
私はこれまで、職場の方のご家族など、直接存じ上げない方のキリスト教式葬儀にも多く参列してきました。そのたびに、故人がどのような人柄で、何を大切に生きてこられたのかを知り、その人生に思いを馳せることができるのが、キリスト教葬儀の一番良いところだと感じています。
また、故人を知る方々が葬儀で語ってくださる思い出話によって、家族でも知らなかった故人の側面を知ることができるのは、遺族にとって貴重な癒しです。父の葬儀でも、教会の方や親戚、元の職場の方が語る父とのエピソードを通して、父が多くの人々の中で生かされ、家族の知らない働きや役割を担っていたことを知り、新鮮な驚きと深い慰めを得ることができました。キリスト教の葬儀とは、参列者一人ひとりが故人の人生に思いを馳せ、希望と慰めを分かち合う場だと信じています。
天国への祈りと感謝
このように、父の信仰と家族の思いに基づき、神の愛に満ちた葬儀で送ることができ、父もきっと天国で安らかに過ごしていることと思います。多くの方の祈りと支えに、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
2026年1月 大竹 堅固 長男
聖書引用:『聖書 新改訳第一版(旧版)1970年© 新日本聖書刊行会』より引用 本文:故大竹 堅固様ご長男様掲載許可済

