➖讃美から葬儀を考える①➖ キリスト教の葬儀と信仰

目次

讃美から葬儀を考える

キリスト教葬儀の特徴

キリスト教の葬儀の特徴は神へ捧げる礼拝であることです。祈りと聖書朗読、牧師による説教で死後の復活、天国での再会、そして讃美を通して神への感謝や故人への思いが表現されます。このシリーズでは特にこの讃美をクローズアップしていきます。第一弾として葬儀でよく歌われる、伝統的な讃美歌からご紹介していきます。

「いつくしみ深き」

マタイによる福音書11章28節より

28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

「いつくしみ深き」新聖歌209
教会に行かれた方は必ず耳にした事があると言う位、最も歌われる讃美歌のひとつです。優しく静かなメロディーにのせて、神の愛と慈しみがどのようなものであるかを歌った一曲です。 

背景を見てみましょう

「いつくしみ深き」(原題: What a Friend We Have in Jesus)は、キリスト教の讃美歌で、神への信頼と祈りの重要性を歌った作品です。作詞者ジョセフ・スクライヴェンは、婚約者を2度失うという悲劇に見舞われました。その中で、母親を慰めるために詩を書き、それがこの讃美歌の元となりました。

歌詞の意味をみていきましょう。

神への信頼                                「罪や嘆きを背負うイエス」という表現が、イエスが人々の苦しみを受け止める存在であることを示しています。

祈りの力                                     「神に心の嘆きを包み隠さず祈ることで、重荷を下ろせる」というメッセージが込められています。祈りによって平安と慰めが得られることを強調しています。

変わらぬ愛                                     イエスの愛は永遠であり、苦難や孤独の中でも導きと慰めを与える存在として描かれています

「いつくしみ深き」は、困難な状況でも神への信仰を持つことで得られる平安と希望を説いた普遍的なメッセージを持つ讃美歌です。               

「まもなくかなたの」

ヨハネの黙示録 22章1~2節より

1 御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、2 都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。

「まもなくかなたの」新聖歌475
この曲はこどもにも適している讃美歌として、教会学校でよく歌われています。天の御国がどんな所かイメージしやすい言葉で明るく歌う讃美歌になっています。 

こどもの頃から馴染みがあり、また大人になっても讃美されるので広く選ばれる一曲です。 

背景を見てみましょう

「まもなくかなたの」(英題: Shall We Gather at the River?)は、1864年にアメリカの説教者ロバート・ローリーによって作詞・作曲された讃美歌です。

この讃美歌は、新約聖書『ヨハネの黙示録』22章1節に描かれる「命の水の川」と「新しいエルサレム」(神の都)をテーマにしています。ローリーは、天国での再会や永遠の平安への希望を込めて、この曲を作りました。

歌詞の意味をみてみましょう。

天国での再会                                                 歌詞は、死後に天国で愛する人々や聖徒たちと再び集う希望を表現しています。「川」は神の御座から流れる命の水を象徴し、永遠の命と平和を象徴しています。

巡礼の終わり                                                 人生という巡礼が終わり、神とともに安らぎを得ることへの期待が込められています。「輝く川にたどり着く」という表現は、信仰者が最終的に神の元へ導かれることを指します。

平和と喜び                                                   天国で迎える平安と喜びが強調されています。歌詞全体を通じて、苦難や悲しみを超えた先にある希望が描かれています。

「まもなくかなたの」は、死後の希望と永遠の命への信仰を力強く歌った讃美歌であり、多くの人々に慰めと励ましを与える作品です。

「神ともにいまして」

マタイによる福音書 28章20節より

20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

「神ともにいまして」新聖歌508
また会う日までのフレーズは、地上での再会を願う気持ちと、それが叶わなくても御国での再会に望みをおいて歌う気持ちと両方の場面で歌われる讃美歌なので、その時その時の出会いと別れの思いが蘇り愛唱歌に選ばれる曲となっています。 

背景を見てみましょう

「神ともにいまして」(英語原題: God Be with You Till We Meet Again)は、19世紀後半にアメリカで作られた讃美歌で、別れの場面で歌われることが多い曲です。

作詞者ジェレマイア・ランキン牧師が、「good-bye(さようなら)」の語源である「God Be with You(神があなたとともにありますように)」に着目し、この曲を1882年に作りました。作曲はウィリアム・トーマーによるもので、教会での別れや送別の際に用いられる歌として広まりました。

歌詞の意味は                                                            神の守りと導き                                                     「行く道を守り、力を与える」という表現は、旅立つ人々がどんな困難な状況でも神の加護を受けられるよう祈る内容です。荒野や嵐の中でも苦難や試練が訪れても、神が常に道を示し導いてくれるという安心感を伝えています。

再会への希望                                                            「また会う日まで」というフレーズは、地上での別れが永遠ではなく、天国や未来で再び会える希望を表しています。

この曲は「別れ」と「新たな旅立ち」の両方を象徴しており、人生の節目にふさわしい内容となっています。           「神ともにいまして」は、悲しみの中にも希望を見出すメッセージが込められた讃美歌です。

「主よみもとに近づかん」

創世記 28章12~13節より

12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。13 そして、見よ。主が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。

「主よみもとに近づかん」この讃美歌は永遠がテーマです。

天の御国に望みを置きつつ、地上の生涯を歩むクリスチャンにとって励ましとなる一曲です。5番では、いよいよ天に引き上げられ、主の御顔を仰ぎみる事が歌われています。

背景を見てみましょう 

「主よみもとに近づかん」(英語原題: Nearer, My God, to Thee)は、19世紀にイギリスで作られた讃美歌で、神への信頼と希望を歌った曲です。

歌詞は『旧約聖書』創世記28章11節・12節を基に書かれました。現在知られている旋律は、アメリカの作曲家ローウェル・メイスンによる「ベサニー」が基になっています。

聖書箇所は創世記 28章12節 です。

歌詞の意味をみてみましょう

神への接近                                                                歌詞は、困難な状況でも神に近づきたいという願いを表現しています。

苦難の中の希望                                                             「十字架」や「暗闇」といった表現は、人生の試練を象徴しています。それでも神を求め続ける決意が描かれています。

夢と現実                                                              夢の中でも神に近づきたいという思いは、信仰の深さを表しています。

この讃美歌は、タイタニック号沈没時に演奏されたという逸話があり、映画などでも取り上げられています。           

日本では、関東大震災の際にある宣教師がこの讃美歌を歌いながら殉職したという話が伝えられています。

「主よみもとに近づかん」は、困難な状況でも神への信頼を失わず、希望を持ち続けることの大切さを伝える讃美歌として広く親しまれています。

「おどろくばかりの」

ローマ人への手紙5章8節より

8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

「おどろくばかりの」新聖歌233
英語のアメージンググレースとして、また若くして亡くなられた日本人女性シンガーの代表曲として有名なので、クリスチャンではない方も聞いた事があり、口ずさめる曲です。溢れる程に恵みを施して下さる神への感謝を讃美した曲で、広く愛されています。 

背景を見てみましょう

「おどろくばかりの」(英語原題: Amazing Grace)は、18世紀末にイギリスで作られた讃美歌で、神の恵みと救いを歌った曲です。作詞者が元奴隷貿易船の船長で、後に牧師となったジョン・ニュートンです。自身の人生経験から、神の恵みによる救いを実感し、この讃美歌を作りました。

歌詞の意味をみてみましょう。

神の恵みへの驚き                                                           「驚くばかりの恵み」という表現は、自分のような者が救われたことへの驚きと感謝を表しています。

救いと変化                                                                「迷いし身も立ち返りぬ」という歌詞は、神の恵みによって人生が変わったことを示しています。

信仰による恐れからの解放                                                        神を信じることで、恐れや不安から解放されるという思いが込められています。

この讃美歌は、神の恵みによる救いと人生の変化を歌った普遍的なメッセージを持ち、多くの人々に愛され続けています。

キリスト教葬儀における讃美歌の役割と希望

キリスト教の葬儀では、悲しみだけでなく「天国での再会の希望」や「永遠の命」を伝えるために、讃美歌が重要な意味を持ちます。それぞれの曲が持つ背景や聖書メッセージを知ることで、より深く信仰の意味を感じることができるでしょう。

グレースセレモニーでは、讃美歌の選定についても、お一人おひとりの思いや召された方の信仰を大切にし、心に残るキリスト教葬儀をお手伝いいたします。

グレースセレモニーは、事前のご相談から、ご依頼主様と同じキリストを信じる者として、共に祈り準備を重ねて参ります。葬儀を通して、召された方の信仰の歩みから、参列者お一人お一人に福音を分かち合い、キリストを紹介する場として、召された方の思いを大切にしつつ、一都三県でのキリスト教葬儀を、最大限お手伝いさせて頂ければと願っております。

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