➖クリスマスを前にして思うこと➖ キリスト教の葬儀と信仰
本当のクリスマスの意味
イエス・キリストは何のためにお生まれになったのか
クリスマスは、イエス・キリストが誕生された日――。
このことは、クリスチャンでない方でも一度は耳にしたことがあるでしょう。けれども、「キリスト教ではそう言い伝えられているらしい」といった程度で終わってしまうのは、とても悲しいことです。
イルミネーションで華やぐこの季節、私たちクリスチャンは、もう一度立ち止まってイエス・キリストの降誕の意味を思い巡らしたいものです。
そして、「十字架」「復活」「罪の赦しと真の悔い改め」という福音――この本当のクリスマスの意味をまだ知らない方々に伝えたい、そのための動機と力を神が与えてくださるように祈り願う心を、改めて持ちたいと思わされます。

イエス・キリストの誕生は、私たちの罪の身代わりとして十字架で死なれることと直結しています。
しかし、それで終わりではありません。主は三日目に甦って死に勝利されました。そして弟子たちに現れ、彼らの目の前で天に上げられ、神の右に座して、今もなお私たちのために執り成しておられます――これこそが、クリスマスの本質です。
そして、もし私たちが罪を認め、言い表し、悔い改めるなら、十字架で血を流されたイエス・キリストのゆえに、信じる者は赦され、聖められ、新しく生まれ変わり、復活の力によって歩む者とされます。さらに「神の子」とされ、永遠の命の約束をもいただくのです。
罪がわからなければ、十字架の贖いの意味もわかりません。それは赦しの恵みが薄れ、神との関係も希薄になってしまうと言う事です。だからこそ神は私たちの内にある「罪」を御言葉と聖霊の光の中で照らし出し、悔い改めて神の愛を受け取って欲しいと引き寄せておられるのです。
クリスマスを前に、今一度静まって自分はどこから贖い出され、十字架によってどれほど赦されたのか――この恵みを思い返しながら、福音が多くの人々へと届くよう祈りつつ、アドベントの日々を過ごしたいと思わされます。
新改訳聖書 ルカによる福音書 4章18~19節
18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」
聖書引用:『聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会』より引用 本文・解釈・実務的視点:筆者によるオリジナル執筆

