➖祈り➖ キリスト教の葬儀と信仰
祈りを通して神の前に低くなる
祈り
私たちは、ご葬儀のお問い合わせやご依頼をいただいたその日から、ご家族と心を合わせて祈らせていただいています。
地上で人生の最後の歩みをしておられる方の魂が、神とともにあり、平安のうちに守られますように。
また、ご家族のからだと心が守られ、支えられますようにと祈っています。毎日祈っていると不思議なことに、まだお会いしたこともないのに、同じクリスチャンとしてキリストにあって親しさを覚えるようになります。
また、ご家族の中にまだ神を知らない方がおられるときには、自分たちの、信仰から離れている子どもたちが、神のもとに帰ってくることを祈るときのような思いで、「何とかキリストに出会えますように」と神に願うのです。
もちろん、ご依頼には至らない場合もありますが、それでも「神を知っている、信じている」ということは大きな共通点であり、それだけで大きな恵みだと感じています。



先日お会いしたご家族は、信仰深いお父さまが召され、ご家族が「お父さまの信じていたキリスト教のかたちで、見送ってあげたい」とご連絡をくださいました。
ご家族は皆、だいぶ前に教会からは離れてしまっていたとのことでしたが、お父さまへの思いはとても深いものがありました。
ただ、遠方にある牧師をお呼びせず、静かなお別れの中でのご葬儀でした。「どのような形でもよいので、キリストが働いてくださいますように」と心の中で祈っていました。
すると最後の最後、出棺の際にご子息が「祈ります!!」とおっしゃり、絞り出すように短くお祈りをされたのです。おそらく、とても久しぶりに祈られたのだと思いますが、その短い祈りの言葉の中に、深い思いが込められていました。
愛するお父さまを天に委ねるとともに、神が天と地上を結びつけてくださっていることを、確かに感じるひとときでした。
祈りは、亡くなった方を神のもとへゆだねる行いでもあります。「どうか安らかに」「天の国で憩われますように」――その一言一言が、別れの向こうで故人を包み、遺された者の心をつないでいきます。葬儀は、別れの儀式であると同時に、祈りのうちに希望を見いだす時でもあります。
私たちは、ご収骨をもって終了とは思っていません。この後、ご家族が「お父さまの信じてきたものをもっと知りたい」と願い、もう一度教会につながり、キリストに結ばれていくことを心から願い祈り続けてまいります。私たちにできることは、とても小さなことかもしれません。けれども、祈りを通してご家族に仕える機会が与えられていることを、本当に感謝しています。
新改訳聖書 黙示録21章3~4節
3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、
4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
聖書引用:『聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会』より引用 本文・解釈・実務的視点:筆者によるオリジナル執筆

